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心を落ち着け、無の境地を保ち、 生地と向き合う catch
#128

東京マイスター(捺染工)

心を落ち着け、無の境地を保ち、 生地と向き合う

株式会社富田染工芸
西藤 裕子さん

東京都では、年一回、都内に勤務する技能者の中から極めて優れた技能を持ち、他の技能者の模範と認められる方々を「東京都優秀技能者(東京マイスター)」に認定し、東京都知事賞を贈呈しています。今回は、捺染(なっせん※)工職種で、令和7年度の東京マイスターに認定された株式会社富田染工芸の西藤裕子さんにお話を伺いました。
※捺染(なっせん)/糊に染料を溶かした色糊を「型」にのせ、生地に柄を捺し染める技法。

雷に打たれ

雷に打たれ

祖父が茶道の先生、母は着物好きで、私も幼い頃から着物を着せると大喜びして笑顔になるので、親はことあるごとに着物を着せていたようです。小学校に入る前から服飾に興味を持つようになり、絵を描くことも好きでしたが、画家になりたいわけではなく、デザイナーも違うような気がして、就職は公務員を選びました。配属先が美術館・博物館の管理運営となったことから、働きながら学芸員の資格を取得しようと、美術大学の通信教育課程を受講しました。教科書の中で日本的装飾文化という視点に感銘を受け、なかでも、着物は厳かで美しく華やかなものを身につける全身装飾の文化であることを知り、雷に打たれたような衝撃を受けました。「どうしても自分の手で作ってみたい」という思いが抑え切れなくなり、働きながら技術を学べるところを探し、今の工場を見つけました。この世界に飛び込んで、18年になります。

捺染という染色技法とは色糊を作る

捺染という染色技法とは

「捺染工」の「捺」は、押さえつけるという意味で、板に白生地を貼り、その上に型紙をのせ、上から餅粉と糠(ぬか)と塩で炊いた糊をヘラで押さえつけるように置いていく「型付け」を行い、生地に糊を型通りに張り付けます。糊の中に防染剤を入れることで、柄の部分には染料が入らないため、白く残ります。これを乾かした後、別の糊に染めたい色の染料を混ぜた「色糊(いろのり)」を、同じように生地全体に押さえつけるようにしてのせていく「しごき染め」を行います。地色が乾かないうちに蒸して染料を生地に定着させる「染着(せんちゃく)」を施し、蒸し上がったら、糊や余分な染料を水洗いした後、乾燥させます。防染剤が入っている柄の部分は白くなりますが、染料の入ったところは色に染まる。これが「捺染」という染色技法です。

ひたすら真っ直ぐに錐彫りの鮫小紋の型紙

ひたすら真っ直ぐに

捺染技術の特徴は、約20〜38 cmのノートパソコンくらいの大きさの型紙を、約13mの反物、大型バス一台分くらいの長さにムラなく正確に柄をつなぎながら置いていくところにあります。型紙の「ホシ」という小さな目印に合わせて柄をつないでいきますが、わずかでも手の圧が変わると、そこが濃くなったり、型が曲がったりして、きれいにつなぐことができません。柄は細かければ細かいほど難しく、同じ力でひたすら真っ直ぐ13mつないでいく。耐久レースのような作業です。錐(きり)彫りの鮫小紋(さめこもん)(※)など、遠目に見ると無地に見えるくらいの細かい柄は、いちばん技術が必要です。ちょっとでも気が散ると力が入ってしまうので、いかに心を落ち着け、無の境地を保って生地と向き合うかが大切になります。
※錐彫りの鮫小紋/半円形の彫刻刀の刃先を回転させながら小さな穴を彫り抜く技法で作成された型を使って染めた円弧形の文様が重なって並んでいる柄

雨の日が好き防染糊をのせていく

雨の日が好き

湿らせた状態で、型紙を使うので、湿度があると型紙が乾きにくく、作業がはかどります。型紙が乾いてきたら一度洗い、狂いのないよう再度柄をつないでいきます。湿度が糊の硬さや蒸し上がりに影響し、染まり具合が変わるため、とにかく湿度には注意しています。だから私は雨の日が好きで、冬も暖房はつけないし、乾燥していれば、水を撒いて対応します。13mの反物を染めるのに、一尺(約38cm)の型紙で45~50回。幅の狭い型紙だと100回近く型を送り、柄付けをします。柄付けは、湿気があって、人のいない朝の早い時間帯に一気に仕上げます。日をまたぐと手の圧や感覚が変わってしまうので、1日で終わらせる。スピード勝負です。

こだわるほどに、難しく西藤さんの作品「生命の海」

こだわるほどに、難しく

18年やっても、常にイレギュラーなことが起こり、反射神経が求められます。同じ柄でも、季節や環境などで変化するので、自分の中に経験や情報、対応の引き出しが必要です。染め上がりは同じように見えても、「前回よりも美しく仕上げよう、少しでもうまくなろう」と、毎回、格闘しながら作業しています。知れば知るほど、こだわりたくなり、こだわればこだわるほど難しくなっていく。追い求め、工夫する、それがずっと続きます。家業として背負っているわけではない一技術者に、東京マイスターという栄誉ある賞を授かり、とても嬉しく思い、感謝の気持ちでいっぱいです。受け継いだ技術が価値あるものと認められるよう、さらに精進し、表現し続けていきたいと思います。自己満足に終わるような作品にすることなく、客観的に見て柄や生地の面白さが伝わるようなものを心がけ、いつか国も地域も越えて、多くの人の心を動かすような美しいものをつくることができたら最高です。

企業名 株式会社富田染工芸
所在地 東京都新宿区西早稲田3丁目6−14
連絡先 TEL:03-3987-0701
ホームページ 株式会社富田染工芸のHPへ

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