東京の伝統工芸品が一堂に会し、その魅力を紹介する「第68回東京都伝統工芸品展」が新宿高島屋で開催され、多くの人で賑わったよ。1月15日(水)から20日(月)の期間中、伝統工芸品に触れられる機会として展示・販売や製作体験・実演などが行われたんだ。会場で製作の様子を披露していた職人さんたちにお話を伺ったので、紹介するね。
東京手植ブラシとは
明治期に洋装とともに伝わったブラシは、「洋式刷毛(ブラシ)」と称し、フランス製のブラシを手本に表具刷毛や塗装刷毛などを手掛ける刷毛職人が製造、近代化とともに洋服ブラシ、靴ブラシ、ボディブラシなど、幅広い製品が作られるようになりました。手植ブラシは、職人が手作業で馬や豚の毛、植物繊維を植毛するもので、ステンレスの線を二つ折りにし、毛材と一緒に穴に通しながら、ミシン縫いのように植え込んでいくため、一穴ごとに植える機械植えと比べ、耐久性に優れています。

宮川刷毛ブラシ製作所
宮川 久美子さん
道具として、工芸品製作を支えるブラシ
宮川さんは、1921(大正10)年創業、100年以上の歴史を持つお店の三代目。表具や左官など、プロの職人さんが使う本格的な刷毛、ブラシを手作りで製作しているよ。
「伝統工芸品といっても、ブラシは美術品や工芸品を作る職人さんが使う道具。実用品なので、しっかり作らないと認めてもらえません。」
ブラシに使われるのは、豚や馬の毛。表面が滑らかで張りのある豚の毛は、払いのける力が強いことから、靴ブラシや洋服ブラシに適しているよ。
「毛足が細く、コシがある豚毛の植毛は、難易度が高いです。用途に応じて毛の種類を変え、ブラシを作っています。」
穴開けが、命
手植ブラシの製作では、毛を保持・固定するための木板(保持材)に穴を開けて、真ん中から一筆書きのようにステンレスの線で毛を植え込んでいくんだ。重要なのは、植え込む、穴。穴を開ける際には、「壺錐(つぼきり)」という特殊な錐を「ボール盤」という機械に取り付けて使用するよ。
「壺錐で開けた穴は、根元がしっかりと引き締まる形状になっており、ブラシの品質を左右します。穴がきちんと開いていなければ、良いブラシにはなりません。」
穴の大きさや毛の種類は、用途に応じて変わるんだ。
「左官用のブラシは水を含ませるために馬毛を使用し、太めの穴を開けて毛をたっぷり植毛します。毛の量が多いことで、毛先に少し水をつけるだけで毛細管現象が働き、水をしっかり吸い上げるのです。版画用のブラシも同様の仕組みです。」
手植えの靴ブラシは品質が高く、洋服ブラシは一生ものと言われるほど丈夫。こうしたブラシは、プロ仕様の道具と同じ技術で作られているため、使い心地も耐久性も格別なんだ。
江戸手描提灯とは
竹ひごを骨組みにして和紙を張った袋状の「火袋」の中にろうそくを灯す、「提灯」。その歴史は、室町時代にまで遡るといわれます。当時、ろうそくは高価だったため、提灯が普及するのは生産量が増えた江戸時代になってから。「提」には、「手にさげる」という意味があり、手に持つ灯として、いわば懐中電灯のように使われていました。江戸文字や家紋を記した江戸手描提灯は、照明として庶民の間に浸透した当時の提灯を受け継ぐもの。江戸期の半ばには、提灯文字の描き職人が浅草近辺に集まっていたそうです。

泪橋大嶋屋提灯店
村田 修一さん
手描きの伝統を継ぐ、技
江戸時代にまで遡る提灯店・本家「大嶋屋」からの暖簾分けで、1913(大正2)年に創業した祖父の代から数えて三代目となる、村田さん。江戸手描提灯の老舗として、その技を受け継ぎ、今は、四代目の息子さんとともに、提灯文字の描き入れを専業としているよ。
提灯は明治の頃から分業化が進み、ろうそくを灯す「火袋」をつくる張師と絵付けをする絵師に分かれているんだ。村田さんは、描き手として張り上がった和紙の表面に特徴的な江戸文字や家紋を描き込むよ。
「街灯のない当時、ろうそくの灯りは暮らしに欠かせないもの。提灯には、家柄を示す家紋や家名を描きました。描き入れる際は、提灯の中に棒を三本入れて広げた状態にし、まず鉛筆で輪郭線を素描きします。素描き線を起こしたら、少し太めの筆を使って、文字の中を塗り込んでいきます。」
自由な表現が魅力
家紋を描く場合には、丸が基本形となるため、「ぶん回し」という伝統的な道具を使うんだ。製図などで使うコンパスのように、片側に鉛筆が挟まるようになっており、これで家紋を素描きするよ。
「昔は泥絵具に膠(にかわ※)を溶いて塗っていました。日本画の材料ですが、夏場は腐るし、冬場は固まる。夏と冬で使い方を変える必要があるので、今は常に安定した状態で使えるアクリル系の水性絵具を使います。」
一点一点、手描きで自由に表現できる点がいちばんの魅力。今は、灯りとしてではなく、工芸品として販売され、飲食店の飾りとして製作を依頼されることも多いんだって。イラストを描いてほしいというお客さんもいて、見本があれば、提灯絵として模写するそうだよ。提灯の新しい楽しみ方が広がっているんだね。
※膠(にかわ):動物の皮を加工して作られる接着剤。絵の具自体に接着性がないので、絵具に水と混ぜて使う。
東京籐工芸とは
籐は、東南アジア地域に生息するヤシ科の植物。曲げる、巻く、結うなどの加工作業に適しているため、古くからさまざまな製品がつくられています。編む・組む素材として身近なのは竹ですが、折りや曲げに弱いため、代わりに籐が竹籠の縁かがり、刀や槍の柄、弓などに使われてきました。江戸時代には、籐の編笠、草履や枕などの生活用品として使われ、明治期には籐椅子や乳母車、昭和になると家具にも利用されるなど、籐製品は暮らしに身近なものとなっています。

木内籐材工業株式会社
木内 秀樹さん
籐は、熱帯雨林の植物
籐が日本に伝わって1,000年以上、もともと籐工芸は武士の内職が始まりといわれているんだ。祖父の代から100年続く籐製品専門店の三代目として、この道30年以上になる木内さん。
「子供の頃から作業場で仕事を見てきました。当時は職人が20人以上もいて、よく邪魔をしながら遊んでいました。中学生の時には、友だちに声をかけて作業場でアルバイトもしました。」
籐の原木は熱帯雨林に生息するヤシ科の植物で樹皮が硬く、表面にトゲがあり、高さは200mを超えるものもあって、200以上の種類があるそうだよ。ボルネオ島のジャングルに自生しており、木内さんは直接現地へ買い付けに行き、良質の材料を調達してくるんだ。
「国内では栽培されていないので、すべて輸入材。良い材料が手に入るインドネシアまで赴きます。もとの植物は蔦状で数十メートルもあり、ゴムの木などに絡みついています。それを現地の工場で加工してカットし、コンテナで運びます。」
経験と感覚で、編んでいく
籐は軽くてしなやか、とても強度があって引っ張っても丈夫なので、巻いたり、かがったりする加工に適しているんだ。
「蒸気と火を使って炙りながら曲げていくので、作業は経験と感覚が頼り。そこに難しさがあります。まず骨組みを作って、それから編み作業を進めます。」
手と足を使って、全身で編み上げていく力作業。
「水を含ませ、柔らかくしてから編んでいきます。編み込む際には、籐を間に通してすくい上げるのに“すくいべら”という道具を使います。今は一人で骨組みから手がけていますが、工程が複数にわたるので、昔は分業制でした。一日中、座っての編み仕事なので、根気と体力勝負です。」
木内さんは、椅子やテーブル、カゴなどの籐家具をはじめ、籐敷物の施工なども手がけているよ。
「編み上げて完成した時の達成感は格別。お客様に喜んでもらえることがいちばん嬉しいですね。」
職人として一人前になるには、最低でも10年。いろいろな編み方があるので、それを覚えるのが難しいんだって。技の道に終わりはないんだね。
東京打刃物とは
日本刀にルーツを持つ、東京打刃物。鉄を熱して叩きながら成形する鍛治の歴史は古く、「日本書紀」では、新羅から鋼の鍛治法を習ったのが始まりとされます。武士の台頭とともに刀剣職人の技術が磨かれ、刃の部分に鋼を付けて柔らかい鉄で刃物をつくる方法によって、日本独自の刃物が生まれました。やがて武士の時代が終わり、それまで刀匠が磨き上げた刀鍛冶の技術を受け継いだ職人たちは、日常生活に必要な道具として鋏や包丁、鉋(かんな)などの刃物類を手がけるようになり、東京打刃物として東京都の伝統工芸品に指定されました。

和弘利器株式会社
大河原 康宏さん
日本刀の製法を応用
三代目鍛治師として東京の下町で手打ち刃物の製作を手がけている、大河原さん。江戸時代の日本刀の製法を応用し、鋼を叩くことで強靭な切れ味を生む伝統的な技法で製作しているよ。
「もともとは裁ち鋏を作っていましたが、需要が減ってきたことから、二代目となる父親の代から包丁を作るようになりました。私は父から仕事を受け継ぎ、各種包丁、裁ち鋏、キッチン鋏、握り鋏、切出など、手打ち刃物を作り続け、20年以上のキャリアになります。」
刃物産地はいろいろあるけれど、通常は鍛造、刃付け、仕上げなど、ほぼ分業なんだ。でも、大河原さんの工房では、すべて一貫製作で手打ち刃物を製造しているよ。
研ぎで磨き上げる、技
実演では、包丁を作る工程を披露していたよ。会場では火が使えないので、研ぎの工程を見せてもらったんだ。包丁は、用途によっていろいろ種類があり、プロの料理人が使う専門的な出刃包丁や柳刃包丁は、鋭利な刃が片側だけについている、片刃。一方、家庭用の調理包丁は、鋼の芯材を真ん中に挟み込んでいるので、両側に均等に刃が付いている両刃なんだ。肉・魚・野菜を、この一本で切ることができるので、「三徳包丁」ともいうよ。
「真ん中に鋼を入れた両刃は、熱した軟鉄を鏨(たがね)で割り、間に鋼を挟み込んで、ホウ砂(ほうしゃ※)にホウ酸や鉄粉を混ぜた溶接材を入れて、再度熱しながら叩き、鋼と軟鉄を接着させます。包丁の刃をよく見ると刃紋が浮き出ていますが、あれは鋼と鉄の境界線。光っている部分が鋼です。」
鋼が片方にある片刃の場合、切れ味はいいけど、研ぐのが難しいんだって。両刃は使っているうちに鋼の部分が短くなっても、両側から研げば、中から金太郎飴のように鋼が出てくるので、一般の人には両刃の方が扱いやすいそうだよ。砥石を使って磨き上げていくと、刃先が鏡面になって光ってくるんだ。最初は荒い砥石を使い、徐々に細かい砥石で磨いていくよ。大河原さんの研ぎは、あまりの切れ味の良さに依頼が絶えないそうだよ。磨き抜かれた技は、やっぱりすごいね。
※ホウ砂:結晶鉱石として知られる鉱物の一種。
東京都伝統工芸品展は、職人さんに直接話を聞きながら、実際に手に取って伝統工芸の魅力や匠の技に触れられる絶好の機会。東京には、こんなにたくさんの伝統工芸品があることを改めて実感できたし、来年の開催も楽しみだな。