馬具職人が担った、椅子張り
日本に椅子が入ってきたのは、江戸末期。鎖国が終わり、海外から持ち込まれた調度品の中に椅子やテーブルがあった。
「それが使い古され、壊れ、修理する職人が現れ、そこから椅子張りが生まれました。」
椅子張りは、馬具職人が担っていたという。
「我々の祖にあたるのは、革と鋲を扱った馬具職人だったといわれており、当時の技能は今も受け継がれています。」
椅子張りでは、古来より椅子の形状を保つために“土手”をつくる。その工法のほとんどが海外のもの。
「椅子の座面全体を一体として構成し、土手をつくる工法を“束土手(そくどて)”、土手部分だけを別に構成する“巻き土手”や“縫い付け土手”。そして、鼓バネというスプリングを使用し、バネ吊り作業を施したクッション性の高い “朿土手総あおり張り”といった工法があります。“巻き土手”や“縫い付け土手”の場合、海外では綿や他の材を詰め物として使用した椅子もありますが、日本では藁を一般的に使用していました。稲作文化ならではといえます。」
土台づくりを“下拵え”と呼ぶが、土台を“床(とこ)”、土手づくりを“床づくり”と呼ぶ場合もあるという。
「おそらく力士の髷(まげ)や役者の鬢(びん)を結う職人 “床山”や“床屋(髪結い床)”からきた呼び名ではないかと考えています。」
美しく、張る
椅子張りは、家具製作の一工程に位置づけられる。
「昔は単なる椅子張り作業で、“張り屋”が担いました。壁張りやカーテンを縫うなど、布や革に絡むものはすべて手がけていた。椅子張りをしながら、壁張りを手掛け、内装仕上げ業に移った人もいます。」
引っ張って、張る。表面だけでなく、裏側に返して張り込みながら、器用に収める。難しいのは、裏に返していく際の、引っ張って張り込む部分。
「素材の伸縮も考えながら、シワを出さないようにシワ抜きします。一方、シワを出す場合は、いかにきれいなヒダを出していくか。そこが難しい。立体的なものを包むので、どこかに抵抗が出る。その処理を美しく見せます。」
昔は、バネや釘といった鉄以外の部分は、すべて天然素材。
「クッション材には、椰子の繊維などを用いて、椅子の形に成形します。表面部分は、馬の毛を入れてクッション性を持たせ、麻布で包んだ上から綿をかけ、布をかぶせます。」
価値を、次につないでいく
椅子は、張地やクッション材が経年変化などで傷むが、天然素材を施したものの場合は、同じ素材を補充し、昔のままの状態で残すことができる。
「100年は保ちます。その後も素材を再利用し、足りない部分は補充し修復すれば、そのまま使える。」
椅子はその昔、権力の象徴として位の高い者だけが座ることを許された。それゆえ、美や気品が求められた。その価値を、そのまま残すことができるかどうか。ウレタン素材などで代用すれば、価値自体が失われてしまう。
「始めた当初は、そんな意識はありませんでした。でも、技術を持つからこそ、できることがあると気づいた。技術があるなら、つくれるようにして、次の世代に渡していきたい。」
古の価値を未来につなげていくのは、手でモノを作る人間にしかできない。それを違う作業に置き換えてしまったら、そこで終わる。
「後世につないでいくためには、今、やらなければならない。歴史の流れの一環にいることを忘れてはなりません。今はまだ昔の手仕事を見ることができる。でも、もう少し経つと、モノ自体がなくなり、その技術すら見ることができなくなる。一度、途切れたら、二度と取り戻せない。だから、何とか残したいのです。」
技を極めたものの宿命であり、使命。それは、技術を仕事でつないでいくことである。かつて、古の職人が、その仕事に自らの技を託したように。
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