調理技術を磨き、自らの感性と感覚で美味を探求し極めていく、料理の世界。季節に応じた食材と向き合いながら、技術とセンスで料理を表現、旬を味わう美しい一皿に仕立てます。西洋料理の仕事について、フレンチレストラン「レフェルヴェソンス」の豊口美海さんに伺いました。
原点は母との料理
両親が移住した沖縄の小浜島で、小学校5年生まで育ちました。島の暮らしでは、母と料理する時間が私のすべてでした。週に1回、フェリーで荷物が届くと、みんなで分け合い、母はその食材で一週間やりくりをしていました。食べることが好きな母は、朝食用のバゲットや誕生日のケーキも自分で焼き、家族の身体に入るものは基本的に手作り。なるべく添加物のないものにこだわっていました。今振り返ると、とてもいい環境で育ったと思うし、母と作った料理が私の原点です。母のバケットが大好きだった私は、祖母の家に行った時も食べたいとせがみ、祖母から「そんなにフランスパンが好きなら、フランスで生活すれば、毎日食べられるよ」と言われ、それが「フレンチの料理人になろう」と思うきっかけになりました。
料理の道へ
姉の高校進学のタイミングで石垣島へ移り、島の高校を卒業後、大阪の調理専門学校で西洋料理を学び、東京のホテルのレストラン部に入りました。そこで勤務する中で、もっとお客様に近い距離感で働いてみたいという思いが強くなりました。一度、今の環境を離れ、海外へ行くことも考えましたが、コロナ禍のため渡航できず、国内就職に転換。とにかく日本でいちばんとされる三つ星レストランに行ってみようと、今のお店に食べに来たことから、いろいろ縁がつながり、働くことになりました。4年目となり、今は野菜のポジションを担当しています。当店には、野菜とソースそれぞれのポジションと、ホットもののポジションとして、肉、魚、ラビオリの皿という3つの担当がありますが、私は全セクションを経験し、野菜の皿を任されています。
野菜と向き合う
野菜の皿には、産地から届く50〜60種類の新鮮な野菜を使います。皿に載る料理自体は、店の考え方に沿ったものになりますが、野菜をリストから選定するのは私の役目です。その週のテーマを自分の中で決めて、季節を考え、秋から冬へ向かう時期であれば、生野菜のサラダだと体を冷やしてしまうので、火入れした野菜を使いつつ、生の味を活かす野菜を考えます。野菜の火入れのアプローチについても、これまで学んできた肉の火入れの経験を活かし、自分なりに工夫します。火の入り方で味は変わるので、オーブンで素材全体に火をまわすか、フライパンで焼き目を付けるのか、自分の考えを上司に伝えながら、相談して決めます。当店は生産者とのつながりが強いので、その思いをしっかり受け止め、お客様に料理として伝えていくのが、私たちの役目と考えています。
美味しさを客観的に捉える
料理は、なるべく「好き・嫌い」「美味しい・美味しくない」という軸で捉えないようにしています。例えば、私の主観で美味しいと思うものを賄い(※まかない)で作ったとしても、他のスタッフには少し味が薄い、あるいは濃いと感じられることもある。自分の「美味しい」の感覚が、みんなのどのあたりに位置するのかを常に測るようにしています。他の人よりも酸のレベルが高いところで美味しいと感じるのか、塩味が低いところで美味しいと感じるのか、自分の感覚を細かく解析する。もちろん、自分の好きな味、お気に入りのお店もあります。でも、仕事として、いろいろな人に食べていただく料理をつくるには、美味しさの尺度が自分の主観だけでは厳しい。なるべく美味しさを客観的に捉えられるよう、味覚のセンサーを磨き、分析することが味の再現性にもつながると思います。
※賄い(まかない):お店の従業員が昼食などで食べる食事のこと
賄い、大公開!
10人以下の賄いづくりの経験はありましたが、当店では、40人前を1時間半ほどで仕上げなければなりません。お店で出す食材の端材などを利用し、限られた時間で、いかに美味しいものを作るか。プレッシャーもありますが、スタッフに美味しい、面白いと思ってもらえるものをつくるのが私の目標です。週1回の当番制で、1週間分の賄い表があり、週に1日は、店の定番メニューのラビオリ(※)の余り生地を使うパスタ料理の日があります。メニューは何でもありですが、中華を予定していても、前日に中華メニューが被れば、変更しなければならないので、日々ネタ探しに苦労します。
※ラビオリ:2枚のパスタ生地の間に具材を挟み込んだ料理
●ハヤシライス:ルーを一切使わず、あめ色になるまで炒めた玉ねぎでとろみを出し、店のメニューで出す肉の端材のストックを使って少し贅沢に仕上げた一品。
●冷やし中華:夏野菜をたっぷり詰め込んだ冷やし中華。昆布の二番出汁で取ったスープに、夏バテしていてもさっぱり食べられるよう、少し多めのお酢を加えた夏の定番メニュー。
左:ハヤシライス
右:冷やし中華
食を深く見つめる
この店に来て、料理人としての在り方に対する自分の考えは大きく変わりました。今までは、技術がいちばんで、常に誰よりも美味しいものがつくりたいと思ってきました。でも、美味しいものをつくったとしても、それを届ける先のお客様をしっかりイメージできていなければ、独りよがりな料理にしかなりません。食材を育ててくれる生産者がいて、それをお店まで運んでくれる人たちがいる。そのおかげで自分たちが料理人として働ける。料理だけではなく、食を取り巻く人の関わりについても考えるようになりました。食は、コミュニケーションの起点になるもの。食を介して、いろいろな人たちとつながっています。世界中どこへ行っても、例え言葉が伝わらなくても、食べることは人を笑顔にし、一緒に楽しく食事ができます。食を深く追求することで見えてくるもの、自分の食に対する考えを、自らの技術で料理として表現し、一皿に込める。そこに、この仕事の魅力があると思います。
医療用メスを常備!?
鴨肉の下ごしらえでは、皮下の脂に火を入りやすくし、焼いた時に反り返るのを防ぐため、皮目に細かく切れ目を入れる「筋切り」をします。フレンチでは、「シズレ(ciseler)」といいますが、当店では、シズレに医療用メスを使います。そのため、スタッフの人数分、メスが常備されています。
社名 | レフェルヴェソンス |
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本社所在地 | 東京都港区西麻布2-26-4 |
連絡先 | 03-5766-9500 |
主な業務内容 | 飲食レストラン経営 |
ホームページ | レフェルヴェソンスのHPへ |