い草で編んだ畳表(たたみおもて)と藁(わら)を芯材にした畳床(たたみどこ)で仕上げ、周囲に畳縁(たたみべり)を縫い付けた、日本の伝統的な床材「畳」。畳職人の仕事について、高岡屋常川畳店の常川泰平さんに伺いました。
家業を継いで
小さい頃は祖父や父の仕事にあまり興味がなく、家業を継ぐかどうかも考えたことはありませんでした。大学時代、周りが就活を始めた頃、兄と二人で飲みに行き、そこで初めて兄から家業を継ぐ気がないと聞きました。当時150年以上続いていた畳屋を潰すのは惜しいし、自分がサラリーマンに向いているとは思えなかったので、ならば継ごうと決心。そこから畳の仕事を手伝いながら、職業訓練校に通い、基本から学びました。学校では手縫いの技術を習いましたが、家は機械を導入していたので、父から使い方や段取りなどを教わり、覚えました。いちばん大変だったのは、畳が重すぎて運べないこと。畳一枚が40kg弱あるので、それを抱えて5階のお客様宅まで階段を登る途中、動けなくなり、慌てて父を呼んだこともあります。畳の重さに慣れるまでが大変で、最初の半年で体力、握力は相当鍛えられました。
寸法取りに、10年
お客様から依頼があると、まず畳の状態を確認させていただき、見積もりの了解が得られたら、後日、お宅に伺って畳をお預かりします。作業場で新しいゴザを張り、ヘリをつけ直し、修復作業を終えたら、夕方にはお客様のところに納めます。畳で難しいのは、寸法取り。しっかり寸法が取れるようになるまで10年はかかります。部屋によって寸法はさまざま。常に真四角ではなく、端で数ミリ違う場合や角が三角形や円形に変形しているものもあります。同じ6畳間でも部屋によって微妙に形が違い、どの畳を大きめにし、どこを小さめに作るか、寸法の匙加減や割り付けの判断には経験が必要です。単に均等に割り付けるだけでは、格好の良い部屋には仕上がりません。
最後の一枚が、勝負
畳は踏まれることでだんだん縮み、隙間ができます。わずか1〜2ミリですが、少し畳を大きく作ることで、隙間なく収まるよう心がけています。寸法を決め、周りの畳から収めて、最後の一枚を入れる瞬間が勝負。最後に真ん中の一枚がぴったり収まった時の気持ち良さは格別です。逆に収まらないと冷や汗が出ます。いちばん嬉しいのは、お客様が喜んでくれた時。「部屋が明るくなった」「新築みたい」そういう言葉がいちばんのやりがいです。お金をいただいて、「ありがとう」と言われる最高の仕事だと思います。
仕事を見る、畳に学ぶ
20歳から始めて15年。技術的にはまだまだです。いろいろな畳職人の仕事を見て学び、吸収しています。例えば、使い込んで小さくなった畳は、減った部分に藁を足しますが、ある職人は、端の凹みまでしっかり藁を入れます。畳を上げた時に床を徹底して掃除する人もいて、職人によってやり方は違いますが、その仕事を見ることでいろいろ気づきがあり、勉強になります。畳自体も縫い方の癖や縫い代の間隔で、知っている職人の仕事はわかるものです。父親が手がけた畳も、説明しにくいのですが、常川家のやり方があって、ひと目でわかります。全く知らない職人でも、畳の痕跡から、それがいい仕事かどうかの判断はつく。畳から学ぶことは、いろいろあります。
畳の未来、海を越えて
この仕事を始めた当初から、海外に畳を広めたいと考えています。先日、ロサンゼルスの展示会に出展しましたが、貴重な経験でした。海外に暮らす日本人も多いので、畳があれば喜ぶと思うし、毎月、宣伝もしていないのに、アメリカやオーストラリアから「畳がほしい」と訪ねて来る方がいるので、チャンスはあると思います。この仕事は、材料を日本から送れば、あとは針と糸があれば、どこでも作ることができます。現地で畳を作る、こちらで作ったものを送る形でもいいのですが、諦めずに挑戦していこうと思います。160年続く家業。楽しいから続けているし、今後も楽しいことをしていきたいと思います。
畳が愛される理由
畳は、子供からお年寄りまで、幅広い世代に愛されています。大人は畳の匂いや感触に懐かしさを感じますが、子供たちに懐かしさはないので、別の何かに惹かれるのでしょう。そこが不思議で面白いし、畳の持っている魅力なのかもしれません。畳は栄養たっぷりで、古くなった畳を解いて田んぼに撒き、肥料にする農家もあります。い草も藁も土に還るし、何十年も使える畳は、元祖SDGsです。
| 店舗名 | 高岡屋常川畳店 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都新宿区四谷4-18 |
| 連絡先 | 03-3351-8611 |
| ホームページ | 高岡屋常川畳店のHPへ |
#TOKYOものづくり部


#114
#113
#112
#111
#110
#109
#108





