十数ミリの平面世界に、個性を彫り込む catch
#116

印章

十数ミリの平面世界に、個性を彫り込む

有限会社 佐野印房
牧野 敬宏さん

動画を見る

文明の発祥とともに生まれたといわれる、印章。日本においては、中国から漢の時代に贈られた「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)※」の純金製の王印が最古のものとされ、その後、約束や存在の証として日本社会に根づき、私たちの暮らしに欠かせないものとなっています。印章の仕事について、有限会社佐野印房の牧野敬宏さんに伺いました。
※漢の国王の委任を受けた奴の国王という意。

祖父を師匠に

祖父を師匠に

店は母方の実家で、小さい頃から祖父が仕事をしているのを間近で見ていました。高校生の頃は、アルバイトで祖父の手伝いをし、その後、建築の仕事に就きましたが、祖母が亡くなり、祖父一人になったので、身の回りの世話をするために一緒に暮らしていました。店を継ぐ人間がいなかったことから、孫の私が店を継ぎ、一緒に仕事をするようになりました。祖父が師匠でしたが、他の人のやり方も学んできなさいということで、平日は店で仕事をしながら、日曜は印章組合の訓練校に通い、技能を学びました。

すべてはお客様次第

すべてはお客様次第

お客様から注文を受けると、要望を伺い、書体や印材などを決めます。紙に字を書きながら、文字の配置や大きさ、バランスを決め、印材に転写して彫り始めるのですが、この字を書く段階で、同じ書体でも、職人の個性が文字に表れます。習字と同様、書き手が違えば、字の仕上がりも変わる。特に印章の字というのは、書道と筆遣いが異なり、きれいな字を書く素養がなくてもできるものです。訓練校の先生には、「字が下手でも、そういう字が好きなお客様は必ずいる。下手かどうかはお客様が決めることで、自分では決められない。すべてはお客様次第なので、癖のある字の方が個性を感じて好きだというお客様がいるなら、その字は決して下手ではない。だから、自分の字の個性を大切にして、何度も練習した方がいい」と、そう言われました。

バランスが、命

バランスが、命

画数の多い字は彫るのが難しそうに見えますが、意外と簡単です。印章は文字の組み合わせ、バランスで表現するものなので、画数の少ないシンプルな文字ほど、バランスを取るのが難しく、考え込んでしまいます。毎回、新たに文字を書き起こすので、例えば、「田中」という苗字を同じ書体で何度も彫った経験があっても、常に同一の仕上がりになるわけではありません。新たに彫る印章は常に一回性で、すべてが「一点もの」として仕上がります。

祖父の仕事から見えるもの

祖父の仕事から見えるもの

とにかく毎日、筆と刀は持つようにしています。細かい作業は継続しないと衰えるので、感覚を磨くために、わずかな時間でも向き合うよう心がけています。完成した瞬間は上手くできたと思っても、時間が経つと、もっとこうした方が良かったのではないかというところが見えてくる。いくら彫っても上手くなったと思えないし、まだまだです。今、祖父の仕事を見ると、その凄さがわかります。字が上手く、彫り方が独特。今、同じ彫り方をできる人はいません。作品は残っているので、見ながら真似しようと思ったのですが、そうなりません。今さらですが、習っておけば良かったと後悔しています。

日々の積み重ねを大切に

日々の積み重ねを大切に

印章の面白さは、筆と墨と彫刻刀があれば、自分を表現できる点にあります。自身の個性を込めた唯一無二のオリジナルとして彫り上げたものを、お客様に長く使っていただける。地味な仕事ですが、毎日コツコツ続けていくことで字も上手くなるし、彫ることの面白さもわかってきます。とにかく仕事を好きになって、毎日少しずつでも続けること。その積み重ねです。若い頃は、1日に何本も彫ることができましたが、今は、じっくり時間をかけて彫り上げます。コツも覚えましたが、印章との向き合い方が年齢とともに変わってきました。今後も勉強を続けて、自分のオリジナリティに磨きをかけていきたい。最近は海外の方の関心も高く、印鑑を作って、サインの横に押したいという要望も多いので、もっと印章を世界に広めていきたいと思います。

道具は、自分でつくる

使う道具は筆と彫刻刀ですが、基本、買ってきたものに手を加えます。筆は毛先を間引き、使いやすい毛量に整えます。刀については、刃先を好みの角度、長さに調整し、自分仕様に仕上げます。祖父の道具を譲り受けているので、その刀の角度に慣れています。この角度の刀はまったく使えないという人もいるので、私は祖父の感覚を受け継いでいるのだと思います。

道具は、自分でつくる
会社名 有限会社 佐野印房
所在地 東京都台東区元浅草1-5-5
連絡先 03-3841-7262
ホームページ 有限会社 佐野印房のHPへ

#動画で見る

#バックナンバー

十数ミリの平面世界に、個性を彫り込む#116

十数ミリの平面世界に、個性を彫り込む

文明の発祥とともに生まれたといわれる、印章。日本においては、中国から漢の時代に贈られた「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)※」の純金製の王印が最古のものとされ、その後、約束や存在の証として日本社会に…

詳しくはこちら

160年続く家業を受け継ぎ、世界を見据えて#115

160年続く家業を受け継ぎ、世界を見据えて

い草で編んだ畳表(たたみおもて)と藁(わら)を芯材にした畳床(たたみどこ)で仕上げ、周囲に畳縁(たたみべり)を縫い付けた、日本の伝統的な床材「畳」。畳職人の仕事について、高岡屋常川畳店の常川泰平さんに…

詳しくはこちら

着る人が、新しい価値を発見するような服づくりをめざして#114

着る人が、新しい価値を発見するような服づくりをめざして

私たちが身につける衣服の形や色、素材、その時々の流行などを踏まえ、トータルな視点でデザインを考え、服を創り上げる、ファッションデザイナー。暮らしに欠かせない洋服づくりを手がけるファッションデザイナーの…

詳しくはこちら

和菓子で、世界に笑顔を#113

和菓子で、世界に笑顔を

餅米、小豆(あずき)、大豆、葛(くず)、米粉など、自然の素材を用い、季節の草花や生き物、行事をモチーフに、職人の繊細な手作業によって生み出される美しく上品な設えの日本の伝統的なお菓子―「和菓子」。四季…

詳しくはこちら

多様な技能を駆使し、外周りの空間づくりを担う専門職#112

多様な技能を駆使し、外周りの空間づくりを担う専門職

住宅における外壁、門扉、車庫、花壇、フェンスなど、室外空間を構成するさまざまな構造物のデザイン・選定・配置から、美観・機能性も含めたエクステリア全体の施工を担うのが外構工事の仕事です。エクステリアオオ…

詳しくはこちら

キズや凹みを修復し、塗りと磨きできれいに仕上げる専門技能#111

キズや凹みを修復し、塗りと磨きできれいに仕上げる専門技能

自動車のボディについたキズや凹みを修復し、元の状態に再塗装し、美しく仕上げる専門的な仕事が自動車塗装です。伊倉鈑金塗装工業の那須龍磨さんと野本ゆうきさんにお話を伺いました。

詳しくはこちら

左官技能の日本一を競う、最終決戦#110

左官技能の日本一を競う、最終決戦

鏝(コテ)を使って、漆喰や土、モルタル(セメントと砂と水を混ぜ合わせた建築材料)などを建物の壁や塀、床などに塗り上げる職人「左官」。その左官技能の向上と次世代への継承を目的とした「第50回全国左官技能…

詳しくはこちら

日々、技と向き合う楽しさに、 心から喜びを感じて#109

日々、技と向き合う楽しさに、 心から喜びを感じて

奈良・平安時代に仏教と共に伝わったとされる、表具。糊と刷毛を使って、和紙や裂地(きれじ)を張り、加湿と乾燥の加減をみながら、掛軸や屏風、襖(ふすま)、障子(しょうじ)などを仕立てる繊細な仕事です。表具…

詳しくはこちら
  • はたらくネット
  • ものづくり・匠の技の祭典2025
  • 東京マイスター
  • 技のとびら
  • 東京都職業能力開発協会
  • 中央職業能力開発協会
TOPに戻る
TOPに戻る2