文明の発祥とともに生まれたといわれる、印章。日本においては、中国から漢の時代に贈られた「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)※」の純金製の王印が最古のものとされ、その後、約束や存在の証として日本社会に根づき、私たちの暮らしに欠かせないものとなっています。印章の仕事について、有限会社佐野印房の牧野敬宏さんに伺いました。
※漢の国王の委任を受けた奴の国王という意。
祖父を師匠に
店は母方の実家で、小さい頃から祖父が仕事をしているのを間近で見ていました。高校生の頃は、アルバイトで祖父の手伝いをし、その後、建築の仕事に就きましたが、祖母が亡くなり、祖父一人になったので、身の回りの世話をするために一緒に暮らしていました。店を継ぐ人間がいなかったことから、孫の私が店を継ぎ、一緒に仕事をするようになりました。祖父が師匠でしたが、他の人のやり方も学んできなさいということで、平日は店で仕事をしながら、日曜は印章組合の訓練校に通い、技能を学びました。
すべてはお客様次第
お客様から注文を受けると、要望を伺い、書体や印材などを決めます。紙に字を書きながら、文字の配置や大きさ、バランスを決め、印材に転写して彫り始めるのですが、この字を書く段階で、同じ書体でも、職人の個性が文字に表れます。習字と同様、書き手が違えば、字の仕上がりも変わる。特に印章の字というのは、書道と筆遣いが異なり、きれいな字を書く素養がなくてもできるものです。訓練校の先生には、「字が下手でも、そういう字が好きなお客様は必ずいる。下手かどうかはお客様が決めることで、自分では決められない。すべてはお客様次第なので、癖のある字の方が個性を感じて好きだというお客様がいるなら、その字は決して下手ではない。だから、自分の字の個性を大切にして、何度も練習した方がいい」と、そう言われました。
バランスが、命
画数の多い字は彫るのが難しそうに見えますが、意外と簡単です。印章は文字の組み合わせ、バランスで表現するものなので、画数の少ないシンプルな文字ほど、バランスを取るのが難しく、考え込んでしまいます。毎回、新たに文字を書き起こすので、例えば、「田中」という苗字を同じ書体で何度も彫った経験があっても、常に同一の仕上がりになるわけではありません。新たに彫る印章は常に一回性で、すべてが「一点もの」として仕上がります。
祖父の仕事から見えるもの
とにかく毎日、筆と刀は持つようにしています。細かい作業は継続しないと衰えるので、感覚を磨くために、わずかな時間でも向き合うよう心がけています。完成した瞬間は上手くできたと思っても、時間が経つと、もっとこうした方が良かったのではないかというところが見えてくる。いくら彫っても上手くなったと思えないし、まだまだです。今、祖父の仕事を見ると、その凄さがわかります。字が上手く、彫り方が独特。今、同じ彫り方をできる人はいません。作品は残っているので、見ながら真似しようと思ったのですが、そうなりません。今さらですが、習っておけば良かったと後悔しています。
日々の積み重ねを大切に
印章の面白さは、筆と墨と彫刻刀があれば、自分を表現できる点にあります。自身の個性を込めた唯一無二のオリジナルとして彫り上げたものを、お客様に長く使っていただける。地味な仕事ですが、毎日コツコツ続けていくことで字も上手くなるし、彫ることの面白さもわかってきます。とにかく仕事を好きになって、毎日少しずつでも続けること。その積み重ねです。若い頃は、1日に何本も彫ることができましたが、今は、じっくり時間をかけて彫り上げます。コツも覚えましたが、印章との向き合い方が年齢とともに変わってきました。今後も勉強を続けて、自分のオリジナリティに磨きをかけていきたい。最近は海外の方の関心も高く、印鑑を作って、サインの横に押したいという要望も多いので、もっと印章を世界に広めていきたいと思います。
道具は、自分でつくる
使う道具は筆と彫刻刀ですが、基本、買ってきたものに手を加えます。筆は毛先を間引き、使いやすい毛量に整えます。刀については、刃先を好みの角度、長さに調整し、自分仕様に仕上げます。祖父の道具を譲り受けているので、その刀の角度に慣れています。この角度の刀はまったく使えないという人もいるので、私は祖父の感覚を受け継いでいるのだと思います。

| 会社名 | 有限会社 佐野印房 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都台東区元浅草1-5-5 |
| 連絡先 | 03-3841-7262 |
| ホームページ | 有限会社 佐野印房のHPへ |
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