東京の伝統工芸を担う若手職人が一堂に会し、「伝統挑新〜職人技の更なる発展」をテーマに各分野の伝統技術を紹介する展示会『TOKYO職人展』が伝統工芸青山スクエアで開催されたよ。会場内では作品の展示・販売をはじめ、製作実演や製作体験などが行われ、10月6日(金)から12日(木)の開催期間、多くの人で賑わったんだ。わざねこが若手職人にお話を伺ったので、紹介するね。
江戸表具とは
中国・唐代に誕生し、遣唐使などを通じて日本に伝わったとされる表具は、神社仏閣が集まる京都において、経典や仏画などの表装として、周囲を裂(きれ)や和紙で補強して仕立て直し、保存性を高める高度な技術が発達しました。その後、江戸幕府ができたのを機に、表具師が大名や寺社と共に移り住んだことから「江戸表具」が始まり、町民文化、武家文化が花開く中で、書画が一般庶民にとって身近なものとなり、掛軸、屏風、襖なども扱うようになりました。表具師には、紙と水、糊の扱いや刷毛捌きの修練に加え、書家や画家からの依頼に応えるため、日本画や書、版画、茶道に対する深い素養も必要になります。
江戸表具 松清堂
児玉 綾子さん
和紙の魅力を伝えるために
児玉さんは、大学でグラフィックデザインを学び、自然の持つ力に惹かれ、自らの手で生み出す手仕事に興味を持ったんだって。和紙に木版手摺りという古典的な印刷技法で作る装飾紙「唐紙」と出会い、京都の老舗唐紙屋で7年間、修行したんだ。その後、自らが作った装飾紙を形にする技術として表具を学ぶため、訓練校に2年間通い、そこで、この仕事の面白さに目覚めたんだ。
「手仕事と和紙がテーマの自分にとって、種類や性質、厚みの違う多様な和紙の中から、仕立てに相応しいものを選んで使う表具の仕事ほど、魅力的なものはないと感じました。」(児玉さん)
今回の展示では、和紙の多彩な魅力を伝えるため、小さな屏風やブックカバーをはじめ、実演ではパネル作りを披露していたよ。
「屏風は、古い襖の修繕で上張りを剥がした際、下張りに残っていた幕末から明治期の紙を使ったものです。当時の職人さんが手間を省いて上張りを剥がさずに上から張ったもので、袋貼りだったため、きれいに残っていました。下書きのようなラフな絵でしたが、よく描かれていたので、そのまま上張りとして使いました。当時の雰囲気を壊さないよう見せ方を工夫し、金の筋を廻してアクセントにし、紙蝶番という伝統的な方法で仕立てています。」(児玉さん)
できる限り、自然に
児玉さんは、工程一つ一つから仕上げまで、心持ちも含めて、“自然で無理がないこと”を心がけているよ。
「わずか数ミリでも、姿勢が悪いと紙は曲がります。向き、手を添える位置、道具と自分と対象物との間で、常に動きが自然であること。そして、扱う紙自体、本来の状態が自然とするなら、糊をつけ、水を含ませ、裂(きれ)という異素材を組み合わせる時点で無理を強いています。仕上げた時、すっと心に入って和むものをつくるには、より自然なかたちで向き合わなければなりません。そこを大事10年先、100年先を見据えるのが、表具の仕事なんだ。
「お客様にとって大切なもの。長い目で見て、時に耐えるものに仕立てなければなりません。それには、技を込めるための鍛錬が必要です。」(児玉さん)
書画を美しく保ち、時を超えてつなぐための丁寧な手仕事が、作品一つ一つにしっかり表れていて、仕事と真摯に向き合う姿勢がとても印象的だったよ。
木目込人形とは
1740年代の江戸後期、京都の上賀茂神社で神事に用いられた祭り道具の木端に木彫を施して筋を彫り、神官の衣装の端布(はぎれ)を着せつけた「加茂(賀茂)人形」が始まりです。筋に布の端を押し込む動作を「木目込む(決め込む)」といったことから「木目込人形」と呼ばれるようになりました。明治になって江戸に伝わり、大鋸屑(おがくず:材木を挽いた時に出るくず)に正麩糊(しょうふのり:小麦粉から抽出した澱粉を煮溶かした糊)を混ぜ込んだ桐塑(とうそ)という練り物で作った型に筋彫りを入れ、その筋に沿って、布を押し込んで衣装を着せ込んだのが「江戸木目込人形」です。
木目込人形 株式会社柿沼人形
柿沼 利光さん
伝統工芸士の父と共に
型を使うことで量産可能になった江戸木目込人形は、雛人形に使われたことから分業が進み、筋彫り職人、生地を抜き出す職人、髪を結ったり、面相(めんそう:表情)を引く頭専門の職人・頭師(かしらし)など、さまざまな職人の技とともに、今日までつながってきたんだ。柿沼さんは、小さい頃から先代の作業場に出入りし、木目込に囲まれて育ったんだって。
「父が当社の会長で、今も現役の伝統工芸士として仕事をしています。父が造形部分、衣装は私の担当です。着せつけでは、“かさねの色目”という季節を大切にした日本古来の色の重ね方を踏襲しつつ、自分のイメージで感覚的にいいなと思った色合いを取り入れるなど、新しいことにも挑戦しています。」(柿沼さん)
“KIMEKOMI”を、世界に
3回目の出展となる今回、柿沼さんは、海外からの観光客も含め、多くの人に木目込人形を知ってもらうため、多彩な作品を展示していたよ。
「今まで培ってきた節句人形の中でも、立ち雛という少し変わったスタイルの雛人形に加え、五月人形の兜飾り、招き猫、会津塗りとコラボレーションした木目込のトレイなどを展示しています。」 (柿沼さん)
木目込人形は、粘土で造形する分、いろいろな形を作り出すことができるんだ。
「モチーフもさまざま。同じ型でも衣装を変えることで、多様な表現が可能です。形になるものなら、何でもあり。そこが、木目込の楽しさです。アートも含め、他分野の職人とのコラボレーションなど、どう作るか、というアイデアは無限大。表現世界が広いところが、木目込人形の面白さだと思います。」 (柿沼さん)
日本の伝統工芸の技術が詰まった、木目込み人形。柿沼さんは、とにかく多くの人に「木目込」という言葉を知ってもらいたいんだって。
「海外発信も行っていますが、世界中に“KIMEKOMI”というワードが、アニメやマンガと同様に広がると面白いですね。」 (柿沼さん)
こういう機会に、一人でも多くの人に江戸木目込人形の楽しさ、奥深さを知ってもらえるといいな。
東京額縁とは
日本では古来、景色を四角い枠で切り取る文化があります。飛鳥時代から作られてきた「表具」をはじめ、鳥居の真ん中にある「扁額(へんがく:寺社や山門などの高い位置に掲げられる額)」、風景を切り取る「借景」の意味でいえば、茶室の窓もまた、見せたい部分を四角く切り取るものです。明治維新以降、西洋から洋画(油絵)が入ってきたのを機に、洋額縁が本格的に作られるようになり、東京額縁では、洋額縁と和額縁の2種類に分けるようになりました。
東京額縁 株式会社富士製額
栗原 大地さん
デザイナー志望から額縁の世界へ
学生時代、服飾デザイナーを目指していた栗原さんは、実家から程近い美術館に通っては、絵画を観ながら、洋服の役割について考えていたんだって。
「着る人を魅力的に見せるのが洋服ですが、額縁も同じように作品を魅力的に見せるものだと考えながら鑑賞していました。」(栗原さん)
就職氷河期と重なり、服飾デザイナーへの道を閉ざされてしまった栗原さんは、そのことで逆に、ものづくりの仕事への思いを強くしたんだって。
「その話を祖父にしたところ、大学時代の後輩だった今の会社の社長を紹介されました。額縁を作っている様子を見て衝撃を受け、今、この世界に飛び込まないと後悔すると思い、その場で頭を下げて入れてもらいました。」 (栗原さん)
絵の見え方も変える、額縁の奥深さ
ゼロベースで、この世界に飛び込み、15年目になる、栗原さん。額縁も洋服も、人や絵の魅力を引き立てるという役割は同じなんだって。
「正面だけではなく、側面の形状、色のバランスなども含めて、角度によって絵の見え方が変わる額縁は、洋服のシルエットの見せ方と共通する点が多い。学んでいたことが生きています。」 (栗原さん)
多くの人に額縁を知ってほしいという思いで、3年前から出展し始めたんだ。
「額縁が伝統工芸品であることすら知られていないので、額縁の魅力を伝える伝道師として、何でもやろうと思っています。」 (栗原さん)
今回は、立体物を気軽に飾れる額縁
“フレーム・フレーム”を展示していたよ。
「賃貸暮らしで壁に穴を開けたくない人、スマホで写真を撮っても出力しない人など、今は、壁面に飾るという感覚がない。額縁の切り取る力をもう一度、発見してほしいと考え、今の時代に合ったものとして、ものを置くだけで気軽に立体物を飾れる額縁にしました。」 (栗原さん)
本来、黒子の役割を担う、額縁。でも、そこには絵を飾るだけではない奥深さがあるんだ。
「絵が額縁を装うことで、遠くから見た時は、インテリアとして周囲に溶け込み、近くに寄ると、背景から作品を切り取って観ることができます。額縁には、そうした2面性があり、それによって絵や背景が一変します。本来は絵画が主で、額縁は気づかれない方が正解なのかもしれません。でも、その矛盾の中に存在するのが額縁。額縁は実に面白い存在で、額縁次第で絵の印象も変わります。美術館ではぜひ、額縁にも関心を持ってほしいですね。」 (栗原さん)
見え方や印象を変えてしまう、額縁。そこには伝統工芸品としての技と工夫が詰まっているんだね。
伝統工芸を担う若手職人たちはみんな、それぞれのものづくりと真摯に向き合っていて、気持ちよいほど、真っ直ぐでイキイキしていたよ。これからの活躍が楽しみだね。
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